不確実な時代にふたたび考えたい、 「みずからはじめる」「仲間とつながる」理念と方法とは何か?ソーシャルセクターのダイナミズムとは?NPOサポートセンターの代表理事 松本祐一が担当執筆をした書籍『入門 ソーシャルセクター――新しいNPO/NGOのデザイン』を一部特別公開します。
※本稿は、宮垣元 編著『入門 ソーシャルセクター』(ミネルヴァ書房)の一部を抜粋したものです。
2021年3月26日(金)、編著者/執筆者のおふたりをお招きした、刊行記念トークイベントを開催します。宮垣氏、松本氏の「直筆Wサイン入り書籍つきオンライン受講チケット」も好評発売中!
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3章 事業と組織のインキュベーション——事業性と運動性のバランス
運動性と事業性のジレンマのなかで
NPO 経営の「らしさ」とは何か。まず考えられるのは、組織や事業の目的についてである。その活動領域は、福祉、環境、教育、国際協力など多岐にわたるが、何かしらの社会課題を解決し、困っている人たちを助けよう、社会をよくしていこう、変えていこうという目的を持って活動していることは共通している。
このような目的を「ミッション(社会的使命)」という。そして、ミッション(社会的使命)を達成しようと活動をしていくことを NPO 経営の社会運動的な側面(運動性) [★1] と呼ぶ。
ただ、社会的使命をもって経営しているのは NPO だけではない。具体的に考えてみよう。「教育」という領域では、誰もが様々なことを学ぶ機会を得られ、新しい知識を獲得し、今までできなかったことができるようになる。そのような状態を目指すということは重要な社会的使命である。
つまり、そのようになったら社会の成員が幸せだといえる理想状態である。政府はこの社会的使命を達成するために、義務教育という制度によって、すべての国民は小中学校で教育を受けることができるようにしている。
企業の方はどうであろうか。教育サービスの企業のホームページや会社案内をみてみよう。企業理念やビジョンには、「~を通じて社会に貢献する」「~な人材を育成する」等の文言をみつけることができるだろう。
企業も本質的な目的という点においては、先に述べたものに近い使命を掲げていることになる。こういった行政や企業の社会的使命と NPO の社会的使命はどう違うのだろうか。
たとえば、様々な理由で学校に行けない(行かない)不登校の子どもがいる。学校の社会的使命からすれば、彼らも当然教育の対象である。学校はすべての国民になるべく平等に公平に教育を提供することが求められる。なぜなら、その財源は国民から徴収した税金であり、限られた予算のなかでサービスは平均的なものにならざるを得ないからだ。
大半の対象者と比べると少数派である不登校の子どもたちの要望への対応の優先度は下がるし、そもそも彼らは学校そのものを受け入れられない状態にあるわけだから対応はしにくい。
一方、企業はどうか。企業による「教育」は、受験のための塾や予備校、音楽やスポーツ、英会話などの習い事など、ある特定の目的達成や多様な技能や能力育成のためのものが多い。市場を通じて提供されるサービスは、儲からなければ成り立たない。一部の人にしか買ってもらえず、企業の投資を回収し、経費を賄い、利益がでないようなものは商品化されない。
また、対価を払えない対象者を顧客としては考えない。逆に富裕層向けの商品など、一部の人が対象でも利益を生むことができれば企業の対象となる。近年、不登校の数は少数派とはいえないほど増加しているので、彼ら向けの「商品」も増えてきているが、対価が払えなければ、そのサービスが必要であっても結果的には提供されないことになる。
つまり、不登校の子どもたちには、公共のサービスからも商用のサービスからも、その対象としてこぼれ落ちる可能性がある。
そこで不登校の子どもたちの学習支援を行う NPOが登場することになる。彼らは不登校という社会課題があるということを世の中に知らしめ、この課題の当事者たち(子ども、親、学校関係者など)の声を代弁し、どのように解決していくべきかを問題提起する。そして、不登校の子どもたちへの学習支援を自ら行うことで、「教育」に関する社会的使命を果たそうとする。対象の家庭が対価を払えなくても、別の財源を確保してサービスを提供するだろう。
このように、NPO は行政や企業がその組織原理の特色から対応できない社会課題を解決しようとする。これが冒頭で述べた NPO 経営の側面のひとつ、社会運動的な側面(運動性)である。
NPO と行政、企業では社会的使命が共通であっても、解決しようとする社会課題の質が違う。NPO の扱う社会課題の特徴はその「多様性」と「新規性」にある。
1つめの「多様性」は「課題が人によって様々である」ということで、NPO はそれぞれの状況に寄り添い、それぞれのニーズを満たそうとする。しかし、多様であるということは、それだけ、対象者群の「塊」が小さく、対価を払ってもらったとしても「儲け」を生み出すことが難しくなり、事業としては非効率となる。
そもそも、その対象者が対価を払えないならば、企業は彼らを「顧客」として認めない。一方、「塊」が小さく対価が払えなくても、行政による支援が可能であるが、多様であるということはニーズが特殊であるため、限られた財源を効率的に活用して効果を最大化しようとする行政の平均的なサービスでは解決することができない可能性が高い。このような課題の「多様性」への対応は、企業でも行政でも事業運営上の非効率を生むことになる。
2つめの「新規性」は「課題が新しく珍しい」ということで、NPO は社会課題の当事者の代理として異議を申し立てることで、まだ一般的に知られていない課題を社会問題化する。
しかし、未知であるということは行政にとっては解決すべき課題として認識されていなかったり、対応する制度がなかったりして解決に向けて動けないということでもある。また、企業にとっても課題が新しいということはまだ市場として成り立っていない状況であり、その課題の利害関係者が曖昧であったり、広すぎて絞りきれなかったりするため、顧客を設定できないであろう。つまり、このような課題の「新規性」への対応は事業運営上の不確実性 [★2] を高めることになる。
このように社会課題の「多様性」や「新規性」に対応することは、こと経営という視点からみれば運営の非効率を生み、不確実性を高める。このことはなるべく収入を増やしなるべく経費を削減するという経営の大原則である収支の均衡の実現が難しくなるということになる。
まさに「儲けられない」という状況で、このような社会課題を相手にするのであれば、企業でも、行政でも同じような困難に直面することになる。NPO はそのような課題にあえて挑戦する。
それが経営における運動性の本質である。企業のように収入が得られる顧客だけを対象に事業を行えば、事業は効率化されるが、本当にその社会課題で苦しんでいる人たちを救えない。行政が社会課題として認めているもの、たとえば補助金や助成金が存在するテーマだけに注力すれば、事業は成り立つかもしれないが、まだ社会的に認知されていない課題を無視することになる。
この経営上の非効率と不確実性をもたらす運動性を保持するために、経営資源は自ら用意するか、別の財源を獲得しなければならない。寄付や会費を集めたり、補助金や助成金を得たり、事業を受託したり、自主事業によって収支を均衡させようとする。
このような活動や組織を成り立たせ、維持するためには運動性とは違う論理が求められる。このような特徴を NPO 経営の事業的な側面(事業性)と呼ぶ。
この運動性と事業性は容易に両立しないジレンマ [★3] のようなものだといえる。たとえば、経営を安定させるべく、外部からの特定の財源にたよることになれば、組織や運動の独立性を脅かすこともあるし、運動性を強調して、事業性を犠牲にすれば、活動のための経費を賄えなくなり、本来の運動の目的を果たせなくなることもある。
また、収入を得られる別の事業を選んでいけば、組織のミッションとかけ離れたことをすることになり、メンバーのモチベーションを維持することができなくなることもあるだろう。NPO は常に、この運動性と事業性を両立させ、活動を持続可能なものにするために不断の努力をすることになる。
これこそが、NPO 経営の最も大きな特徴といえる。このような挑戦は経営という視点からみれば非常に難しいことだが、実現することができれば、自己犠牲的なことをせずに、社会をよい方向に導く、やりがいのある仕事となる。
★1 社会運動的な側面(運動性):何らかの社会問題に直面、あるいは認識した人たちが、その解決のために行う集合行動のことを社会運動という。
★2 不確実性:意思決定に関わる事象の起こり方に様々な可能性があるとともに、その事象が確実に起こるかどうかもわからないこと。経営上のリスクとなる。
★3 ジレンマ:2つの相反する事柄の板挟みになること。片方を優先させればもう片方が成り立たなくなる。
宮垣元 編著『入門 ソーシャルセクター――新しいNPO/NGOのデザイン』(ミネルヴァ書房、2020年)
はじめに
Ⅰ 参加のためのデザイン
1 ソーシャルセクターの世界――新しいネットワークの広がり
2 ユニークな行為と組織――自発性と多様性で社会とつながる
3 事業と組織のインキュベーション――事業性と運動性のバランス
4 メディアと社会的支援――情報を発信して活動をひらく
Ⅱ 続けるためのデザイン
5 ソーシャルファイナンスと評価――社会にインパクトを与える
6 企業社会とソーシャルイノベーション――企業とNPOの協働による価値創造
7 NPOと行政の協働――市民主権をかたちにする協働とは
8 ソーシャルセクターの法と制度――市民公益を実現するNPO法と諸制度
おわりに,そのつぎに
松本 祐一(NPO法人 NPO サポートセンター代表理事 / 多摩大学経営情報学部教授)
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。専門はソーシャルマーケティング。学生時代に「国境なき医師団」日本事務局に関わったことをきっかけに学生団体の立ち上げを経験後、市場調査会社で商品開発に携わり2005 年から多摩大学総合研究所勤務。2019 年4 月より現職。多摩地域を中心に企業、行政、NPO の事業開発支援に従事し、セクターを超えた「協創」をコーディネートしている。共著に『入門 ソーシャルセクター』(ミネルヴァ書房、2020年)などがある。